手段
【課題を解決するための手段】本発明者らは、水素吸蔵合金の特性を改善すべく様々な実験とその推敲を重ねた結果、水素吸蔵前の結晶構造が同じBCC合金であってもその水素吸蔵・放出特性に著しく異なるものがあることを見出し、更なる研究を進めた結果、その特性の違いは意外にも水素吸蔵時に形成する水素化物の結晶構造の相違に帰因することを知見し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明によれば、少なくとも二種以上の合金成分からなり、水素吸蔵前は体心立方構造を有する固溶体合金であって、水素吸蔵時には少なくとも体心平方構造の金属格子を有する水素化物相を形成すると共に約0〜100℃及び約0.01〜5MPaの条件下における圧力−組成等温線において、2つのプラトー領域を示すことを特徴とする水素吸蔵合金が提供される。
【0009】本発明の水素吸蔵合金は、水素吸蔵前は体心立方構造を有する固溶体合金であって、水素吸蔵時には少なくとも体心平方構造の金属格子を有する水素化物相を形成すると共に0〜100℃及び0.01〜5MPaの条件下における圧力−組成等温線において2つのプラトー領域を示すことを特徴としている。
【0010】なお、本発明でいう、体心平方構造(以下、BCT構造ともいう)の金属格子を有する水素化物相とは、金属原子のつくる結晶格子の最小単位である単位胞が直方体形であり、その3辺のうち2辺の長さが等しく、他の1辺の長さが異なるもので、その直方体の8つの角の位置および体対角線の中点の位置に金属原子が配置された構造をもつ水素化物相と定義される。この結晶格子の大きさは、上記2辺の長さに相当する格子定数aと残り1辺の長さに相当する格子定数cにより定めることができる。格子定数aとcの間に、c=(√2) a の関係が成り立つとき、この構造は、1辺が(√2)aの面心立方構造(以下、FCC構造ともいう)と同等になる。すなわち、FCC構造は、c=(√2) a を満たすBCT構造として、BCT構造に含まれる。また、BCT構造においてcの値が(√2)aに近くなると、結晶格子はFCC構造に近づくため、これをFCC構造の格子が一方向(c軸方向)に短くなった構造(以下、歪んだFCC構造と呼称する)とみなすことも可能である。 よって、本発明においては、BCT構造は、歪んだFCC構造をも包含する。また、上記BCT構造は、定義上は各軸のなす角度が直角である直方体形の構造を指すが、水素吸蔵により、それらの角度が直角から若干ずれて歪む場合がある。本発明は、このような若干の歪みを伴うBCT構造をも含めるものとする。
【0011】また、圧力—組成等温線は、水素吸蔵合金の水素吸蔵特性を示すものであり、プラトー領域とは、圧力—組成等温線において、その領域の外側の部分に比べて曲線の勾配が明らかに平坦になっている部分を指す。本発明の合金は、常温常圧付近に2つのプラトー領域をもつことを特徴とする。
【0012】本発明でいう、圧力—組成等温線とは、常温常圧付近において通常の装置で圧力—組成等温線が測定できる条件、すなわち、温度範囲約 0〜100℃、圧力範囲約0.01〜5MPaの条件下において、測定されるものを意味する。その理由は、水素吸蔵合金を水素貯蔵材料として利用する場合、水素吸蔵・放出条件が少なくとも上記範囲にあることが要求されるためである。
【0013】本発明者らは、公知の水素吸蔵合金の特性データを検討するとともに自ら研究を重ねた結果、BCC構造を有する純金属または合金の場合、水素化前の構造が同じBCC構造を有するものであっても、水素吸蔵時に形成される水素化物の構造は必ずしも同じでないことを突き止めた。更に、これらの検証結果と、水素化物の構造が異なると水素化物の安定性及び圧力−組成等温線の形が異なるという事実を踏まえ、更に検討を進めた結果、水素吸蔵前はたとえ同じBCC構造を有する合金であっても、水素吸蔵時には異なる構造の水素化物を形成する合金は、それぞれ異なる水素吸蔵・放出特性を示すはずとの知見を得た。更なる検討を進めた結果、BCC構造を有する水素吸蔵合金の中でも、水素吸蔵時に少なくともBCT構造の金属格子を有する水素化物相を形成すると共に温度範囲約 0〜100℃、圧力範囲約0.01〜5MPaの条件下における圧力−組成等温線において2つのプラトー領域を示す、特有な合金が、特に高い水素吸蔵能を有すると共に水素含有量の少ない領域での水素放出特性に優れ、有効に利用できる水素貯蔵量が大きい、との結論に達したのである。
【0014】本発明に係る水素吸蔵合金の水素吸蔵時の圧力−組成等温線は典型的には図2に示される。図2において、I、II及びIIIは3種の異なる水素化物領域を表し、X及びYは二つの異なるプラトー領域を表している。通常、圧力—組成等温線において、勾配の大きい部分はある1つの水素化物が存在し、その水素化物中の水素固溶量(水素含有量)のみが変化する。一方、平坦なプラトー領域は、その両端の2つの水素化物相の共存状態を示し、各水素化物中の水素固溶量は変化せずに2つの水素化物相の相分率が変化する。よって、1つの合金相がプラトー領域を2つ示すという上記の測定結果は、本合金は、通常の測定可能範囲において、3種類の異なる水素化物(I、II、III)を形成することを示しており、また本発明者らの実験によっても裏付けられている。
【0015】すなわち、本発明者らが、プラトー領域を挟む3つの状態の水素化物(I、II、III)をそれぞれ作製し、その結晶構造をX線回折プロファイルにより調べたところ、これら3つの状態はいずれも単相の水素化物を形成しており、水素化物の金属原子のつくる結晶格子の構造は、それぞれ、I;BCC(体心立方構造)、II; BCT(体心正方構造)、III; FCC (面心立方構造) であることが明らかとなった。
【0016】本発明の水素吸蔵合金は、前述したように、水素吸蔵前は体心立方構造を有する固溶体合金であって、水素吸蔵時には少なくとも体心平方構造の金属格子を有する水素化物相を形成すると共に温度範囲約 0〜100℃、圧力範囲約0.01〜5MPaの条件下における圧力−組成等温線において2つのプラトー領域を示す事によって特徴づけられるものである。
【0017】この場合、固溶体合金は、少なくとも二種以上の合金成分からなり、水素吸蔵前は体心立方構造を有するもので、合金成分に特別な制約はないが、TiとVを含むものが好ましく使用され、更に好ましくは、合金組成が一般式、Tix Vy Mnz (但し、0.3<x<2.6、0.3<y<2.6、0.1<z<2.4、x+y+z=3.0、x、yおよびzはモル分率)で表されるものが望ましい。また、本発明において、好ましい体心平方構造(BCT構造)の金属格子を有する水素化物相は、格子定数cが、0.35nm以上、0.41nm以下 のものである。
【0018】本発明の合金が、温度範囲約 0〜100℃、圧力範囲約0.01〜5MPaの条件下における圧力−組成等温線において2カ所のプラトー領域を示すという特徴を有するのは、新規なBCT構造の水素化物の形成に起因する。これまでに報告されているBCT構造の水素化物は、純V金属あるいはVを主成分とする固溶体合金の水素化物であり、例えば、図6に示す純V金属の場合の水素化物(II)に相当する。その格子定数は、a=0.30nm程度、c=0.33nm程度であり、水素化前の合金に比べ、a軸方向にはほとんど膨張せず、c軸方向に10%程度膨張したものである。このようなBCT構造の水素化物は、常温では水素を放出しないため、通常条件下での圧力−組成等温線では1つのプラトー領域しか示さず、本発明のような有効水素貯蔵量を高める効果は発揮しない。
【0019】これに対して、図2における、本発明の水素化物(II)のBCT構造は、格子定数がa=0.29nm、 c=0.39nmであり、水素化前に比べ、a軸方向には縮小すると共にc軸方向に30%近く膨張している。この場合の金属格子は、格子定数が(√2)aのFCC構造がc軸方向に5%程度縮小した構造に相当することから、歪んだFCC構造とみなすこともできる。この歪んだFCC構造は、水素化物(III)のFCC構造に比べ、格子定数が0.02nm小さいものである。本発明のような構造の水素化物は、これまでに報告例がない。
【0020】また、X線回折測定では、金属格子の構造は決定できるものの、格子中に存在する水素の位置を判別することはできないので、本発明のBCT構造をもつ水素化物(II)の水素の存在状態を中性子線の散乱測定により調べた。その結果、水素化物(II)の振動励起エネルギーのスペクトルは、100meV付近にピークを示した。この値は、純V金属またはVを主成分とする合金のつくるBCT構造の水素化物の報告値(30-50meV付近;水素原子の位置は金属原子のつくる8面体の中心)と、FCC構造の水素化物の報告値(140-150meV付近;水素原子の位置は金属原子のつくる4面体の中心)の中間の値である。よって、本発明の水素化物(II)の水素原子の存在状態は、既知のBCT構造の水素化物および既知のFCC構造の水素化物とは明確に区別されるものである。
【0021】従って、本発明に係るBCT構造を有する水素化物は、格子定数および水素原子の存在状態に関して既知の水素化物と区別される新規な水素化物であり、この新規な構造の水素化物を形成することが、圧力−組成等温線すなわち水素吸蔵・放出特性に特有の効果をもたらすものである。
【0022】本発明に係る水素吸蔵合金は、水素吸蔵時に少なくとも体心平方構造の金属格子を有する水素化物相を形成し、かつ温度範囲約 0〜100℃、圧力範囲約0.01〜5MPaの条件下における圧力−組成等温線において2つのプラトー領域を示す、特性が保持される作製条件すなわちその成分組成や反応条件等を適宜選定することにより例えば以下のように作製すればよい。合金成分の純金属の粉末または小片を、所望とする合金組成の比に従って秤量し、よく混合して成形する。溶解時に揮発しやすい元素成分を含む場合は、金属原料の秤量時に、揮発による減少分を見込む必要がある。またこの減少分は、溶解の金属の量や炉の大きさ等に依存するので、個々の作製条件に応じて適宜選定しておくことが好ましい。次に得られた成形物を、水冷式銅るつぼを備えたアーク溶解炉に導入し、炉内を10-5Torrまで真空引きした後、高純度のアルゴンガスを1.0MPaの圧力まで導入する。この場合、試料に酸素が混入するのを防止するために、試料の溶解に先立ち、Ti金属などの酸素捕捉剤を十分、添加・溶解させておき、炉内に残存する微量の酸素を除去しておくことが望ましい。その後、試料をなるべく短時間で十分に溶解させ、試料が固化したら裏返し、さらに2〜3回溶解を繰り返すことによって、所望とする水素吸蔵合金を得ることができる。また、本発明の合金の作製にあっては、上記アーク溶解法の他に高周波誘導溶解法なども適用でき、更に合金組成によっては溶解法のみならず焼結法を採用することもできる。また、本発明においては、これらの方法で合金を製造した後、さらに数100℃〜約1300℃の間の温度で熱処理を行うことも効果的である。更に、合金を溶解させた後の固化・冷却速度あるいは焼結・熱処理時の温度、時間条件、冷却速度などが固溶体合金の特性に影響を及ぼすことから、これらの諸条件と合金を構成する元素、組成を適宜選定することが好ましい。
【0023】次に、本発明に係る水素吸蔵合金の特性について説明する。まず、従来公知の純金属・合金についての問題点を検討してみる。周知のように、水素化前の構造がBCCである純金属は、常温付近において、ごく低圧の水素を多量に吸蔵する性質をもつ。たとえば、Vの場合、図5の圧力−組成等温線に示されるように、常温では、常圧下で約1 H/Mの水素を吸蔵量する。この低圧で生成した水素化物中の水素は非常に安定なため、数百℃まで昇温しないと放出されない。したがって、低圧で吸蔵された分の水素は、一旦吸蔵された後は実質的に水素の吸蔵・放出に寄与しないため、水素貯蔵には利用できないものである。この利用できない水素量(残存水素量)は、圧力−組成等温線中では、図5中の矢印Aの部分に相当し、約0.8H/Mである。Vの場合、もっとも多く水素を吸蔵した状態では、吸蔵量2.0H/Mであるから、有効水素貯蔵量(B)は2.0 H/M−0.8H/M=1.2 H/M、有効水素貯蔵率(%)はB/(A+B)×100=1.2/2.0×100=60%となる。また、他のBCC構造をもつ純金属や固溶体合金の場合も、低圧で多量の水素を吸蔵する性質はVの場合に類似しており、やはり、約 1 H/M相当の水素は、一度吸蔵されると常温付近では放出されない。すなわち、従来既知のこれらの金属または合金は、実質的に水素の吸蔵・放出に寄与しない、低圧で吸蔵される水素量が多く、利用可能な水素貯蔵量(有効水素貯蔵量)が小さく、また有効水素貯蔵率が低いのである。
【0024】これに対して、本発明の合金は、上述した既知のBCC構造の純金属やBCC構造の固溶体合金に比べ、上記の残存水素量(A)を小さくすることができ、有効水素貯蔵量(B)及び有効水素貯蔵率[B/(A+B)]を著しく高めることができる。因みに、後記する本発明の実施例に係る合金の残存水素量(A)は0.4H/M、有効水素貯蔵量(B)は1.2H/M、有効水素貯蔵率[B/(A+B)]は75%となり、従来の合金に比べその残存水素量が小さく、有効水素貯蔵率が大幅に高められていることが確認されている。
【0025】本発明の奏するこのような作用効果は、現時点では定かではないが、水素吸蔵時に形成されるBCC構造の水素化物(図2における水素化物(I))およびBCT構造の水素化物(図2における水素化物(II))の安定性に関連するものと推定される。これまでに報告されているBCC合金の水素化に伴う結晶構造変化は大きく2つの種類に分けられる。
【0026】1つは、前述の純V金属と同じように、ごく低い水素圧力下でBCC構造からBCT構造に変化し、常圧以上の水素圧力下でBCT構造からFCC構造に変化するもので、これはVを主成分とする固溶体合金にみられる。この場合は、3種類の水素化物を形成するのであるから本来2つのプラトー領域が示されるはずであるが、BCT構造の水素化物(図6中 水素化物(I’’))が非常に安定であり、これを形成する水素圧力が通常の測定範囲よりずっと低いところ(特殊な方法での測定によれば、純V金属の場合で約1Pa (10-6MPa))にあるため、通常の圧力−組成等温線では、1つのプラトー領域しか示さない。結果として、BCT構造の水素化物を形成しても、残存水素量を低減する効果は生じない。
【0027】もう1つは、水素圧力が常圧付近に達するまでは、BCC構造を維持したまま水素固溶量だけが増え、常圧以上の水素圧力下でBCC構造から直接FCC構造へと変化するものである(例えば、後述の比較例1(図4))。2種類の水素化物しか形成しないため、圧力−組成等温線において1つのプラトー領域しか示さない。この場合は、BCC構造の水素化物(I’)が多くの水素を固溶しても安定に存在するため、圧力—組成等温線においてBCC構造の領域(図4中水素化物(I’)の領域)が広く、残存水素量が大きくなってしまうのである。
【0028】これに対し、本発明の合金は、格子定数と水素原子の存在状態に関して既知のものとは異なるBCT構造の水素化物を形成し、この水素化物は常温常圧付近でBCC構造の水素化物と同程度の安定性をもつと考えられる。そのため、BCT構造の水素化物を形成する水素圧力が常圧近くにまで高まり、図2のようにBCC構造の水素化物相(I)とBCT構造の水素化物相(II)が共存するプラトー領域(水素化物(I+II)の領域)が圧力−組成等温線上に現れ、この領域も水素の吸蔵・放出に利用可能となる。すなわち、本発明では、常圧に近い水素圧力で、BCC構造の水素化物(I)と同程度の安定性をもつBCT構造の水素化物(II)を形成させることができたために、水素固溶量の少ない領域に2つ目のプラトー領域をつくることができ、この領域を水素の吸蔵・放出に利用可能とした。その結果として、残存水素量が少なく有効な水素貯蔵量の多い水素吸蔵合金が実現できたものである。


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